嶋田利広ブログ

事業承継のコンサルティング

事業承継失敗物語3(後継者がメンタルを壊し退職した理由)

本事例は、やる気のあった後継者が、親の院政に苦しみ、結局、心と体を壊し、退職してしまった悲惨な結果の実例です。

A社は地域に5店舗を持つ飲食店である。A社の社長は、飲食店の丁稚奉公から独立し、ここまで強いリーダーシップとカリスマ性でA社を引っ張ってきた。後継者は東京の同業の大手飲食店チェーンで修業し、店長経験も本部経験もある「優秀な後継者」である。 後継者がA社に入社したのは、30歳の時。社長も後10年で社長を後継者に譲ろうを考えていた。

後継者は入社する前には、「親父の会社はここが悪い、ここをこう改善した方が良い」とどんどん積極的な提案をしていた。強いカリスマリーダーの社長には社員や幹部は誰も提案はせず、社長の言いなりが多かった。しかし、後継者は大手で学び、経験した事をどんどん社長に提案するので、社長の目には「うちの幹部は皆まじめだが、積極性がない。息子は積極性もあり、大手の最新に情報も知っているし経験もして いる。息子が継げば安心だ」と思っていた。

また後継者も 「親父の会社には、親父に意見できる幹部がいないし、オペレーションもマーケティングも旧態依然だ。俺が帰っ てきたら、変革してやろう」と思っていた。

そして後継者が帰ってきて、店舗事業を統括する「事業部長」に就任した。各店長への指導や統合企画、社員教育、メニュー開発の承認を行う業務である。 これまでは現社長がしていた業務である。当初、現社長は後継者のやり方に口を挟まないように意識をしていた。

しかし、生来の性格は変えられず、徐々に後継者に仕事に口出しをするようになった。最初こそ、後継者も現社長の意見を「ありがたい」と思って、受け入れてきた。しかし、日が経つにつれて、現社長が日頃から「お前に全部任せたから」という言葉を額面通り受け取ってはいけ ないのだと思うようになった。現社長の介入や小言は日に日に増していき、後継者が店長たちと決めたことが経営会議でいきなり「ちゃぶ台返 し」いなることが頻発した。すると、店長や店の幹部たちも、現社長不在での後継者との会議の場での決定事項は、決定事項ではないから、即 行動には出ない事が増えた。

この現社長の在り方が、幹部が指示待ち族になった原因だと、後継者は察するようになった。後継者からすると、「現社長は何がしたいのか。後継者である自分に任せたと言いながら、どんどん現場へ介入し てくる。現場の店長も、事業部長である自分の指示は聞かず、社長がどういうかを待っている。これでは自分が事 業部長である意味がない。」と半ばあきらめの気持ちを抱くようになった。

社長は社長で言い分があった。「確かに店舗運営は任せたと言ったが、後継者からの報告が少ない。報告がないと心配になる。また大手で経験 したとは言え、うちは中小企業だ。大手のやり方をそのまま導入しても上手くいかない。だから取り返しのつかない 事態になる前に、手を出さざる得ない」と。

何故、社長は部下に直接指示する前に、後継者に確認しなかったのか?それはやはり社長の性急な性格が災いしていた。カリスマリーダーとして何でも即断即決で短時間で問題解決をしてきた習慣があり、「根回し」「打合せ」が苦手な 部分もあった。更に悪いことに後継者は大手時代にメールや文書報告が当たり前であり、それさえしていれば「報連相漏れ」とい うのはなかったので、社長にも同じようにしていた。だから社長は報告で状況を知っているのに、現場で自分のいない場所で「ちゃぶ台返し」をすることに嫌気がさし ていたのだ。

しかし、社長は文書は見ていても、大事な事は口頭で報告するようにと指示しているのに、報告をしない後継者に、 若干の不信感もあった。要は、自分のいない所で勝手に決めて勝手にやっている。この会社は自分の会社なのに、息子とは言え、任せた とは言え、自分からコミュニケーションを取らないのはけしからん、というスタンスだったのだ。

経営会議でも同じ状況だった。社長は、店舗事業部長である後継者の提案や進言にことごとく反論するか、後継者の良い意見でも一言二言は 文句を言ってしまう。そこで後継者は社長に大幅に譲歩しようとした。社長の意見を十分聞いて、社長の考えに沿ったように行うようにした。すると、今度は社長が 「俺の意見ばかり聞いて、その通りするんだったら店舗事業部長なんていらないじゃないか。もっと自分の意見を 言いなさい」と。

こうなると、後継者は何をどうして良いか分からなくなった。そのうち、真面目で前向きな後継者に異変が出てきた。体調不良が増えて、遅刻や休みが増えたのだ。すると、それも社長から見ると、 「後継者なのにたるんどる。気合が入ってない」と叱責するようになった。

ほどなくして後継者から「辞表」が社長へ提出された。身体を壊しこれ以上店舗事業部長を続ければ、本格的な心の病気になりかねない後継者を見て、社長はその辞 表を受け取った。その後、社長は、他に継ぐ者もいない為、自分の引退年齢を繰り下げて、経営者を続けねばならなくなった。

このケースでは「カリスマリーダーの経営者」が後継者へ現場権限を引き継ぐ時、よく起こりうることだ。もし、この会社に創業社長と後継者、そして第3者が一緒になって「職務権限移譲計画」を作成したり、第3者が 入った親子の経営会議が実施されていたら、このような結末はなかったかもしれない。

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