最大効果を上げる後継者教育 「現経営者の経営判断基準」を教える事
① 経営理念だけでは、価値観の承継は難しい
私は、ある経営者に経営承継をするにあたって、「何が一番難しいか」 と聴きました。するとその経営者は 「やはり、価値観と判断基準の継承ですね。」と断言しました。後継者には後継者の性格、生き方、環境、経験から生まれた考え方があります。
それは尊重したいところですが、経営は個人の考えや主義趣向だけで行うものではありません。何を大事にするか、によって「目指す経営のカタチ」は変わってきます。
現経営者はこれまでいろいろな経験をしています。
- 人の助けを受けながら、努力が報われ、未来が拓けた「登り坂」の経験
- いくら努力をしても、何をやってもうまくいかない、未来が見えなかった「下り坂」の経験
- 想像していなかった緊急事態、予期せぬ難題が降りかかった「まさか」の経験
という「3つの坂」を経験しています。だから、後継者にもこの経験から生まれた人生訓や経営訓を伝えたい訳です。
多くの企業は「経営理念」を掲げています。しかし、その経営理念だけで「現経営者の価値観」を説明するのは、あまりに概念的で、後継者にしてみれば、「で、何をどう判断基準にすればいいのか」分からない事でしょう。現経営者にしても、 「自分の経験や価値観をどう後継者へ伝えるべきか」難しいと感じているようです。
そこで、私たちがこれまで複数の中小企業で「経営承継コンサルティング」で実施してきたのが、 「経営判断基準づくり」 でした。経営理念から行動規範までは、多くの企業でもカタチになっています。しかしそれを更に踏み込んで「経営判断の様々な場面で、何を大事にするか、具体的な経営者としての虎の巻」をつくる事です。
② 経営判断基準とは、経営者の過去の体験に裏打ちされた実践訓
「経営判断基準」とは、現経営者が過去の自分の経営判断を振り返って、
- 「あの時、何が原因で失敗したのか」
- 「あの件は、何故上手くいったのか」
- 「あの件の成否は、直接の原因は外部要因だったが、それを類する思考や行動はどうだったか」
少なからず、多くの経営者が「失敗には失敗の反省を、成功には成功の理由」を頭の中に記憶しているはずです。
その考え方の基準こそ、経営判断基準です。住友グループには 「住友の事業精神」という、住友家初代の住友政友(1585-1652)が商売上の心得を簡潔に説いた「文殊院旨意書(もんじゅいんしいがき)」というものがあるそうです。その中に「我浮利を追わず」という言葉があります。その意味は、「価値創造を伴わない目先の利益に惑わされてはならない。自ら知恵を絞り、汗を流して、取引先や市場に価値を提供し、それに見合った対価を正々堂々と頂く事業を行うべし。」 と記載されています。(住友商事ホームページより)
私の好きな言葉です。
ある企業にもこの言葉を進言し、行動規範に入れてもらった事があります。その企業では、銀行からの持ち込みで、不動産投資の話がありました。内部資金での購入ならまだしも、銀行借入による投資です(銀行案件だから当然ですが) その場所に将来大型のショッピングモールができる予定で、地価が上昇し資産効果があるという触れ込みです。財務的には余裕がない状況でしたが、目先の利益に貢献する事を期待している役員の一部は乗る気でした。しかし不動産投資にはリスクも付きもの。今が良くても将来もいいとは限りません。
また、「こんな旨い話に乗らないなんて、どうかしている」 と言われる可能性もありますが、では10年後もそれが正解だとは誰も保証できません。最終判断は経営者が行うことになるのですが、そこでこの企業の「行動規範」にあった「我、浮利を追わず」という言葉でした。「この不動産投資は浮利を追っているのではないか?」「経営理念、行動規範に反して、行うことは正しいことなのか?」という問題意識が経営者にはありました。
中小企業において役員は意見を言いますが、最終責任を取る訳ではありません。当然、経営者も悩みましたが、最終的には 「行動規範に従う。儲けそこないのバカ経営者と言われようが、それ以上に大事なことは会社経営を一か八かでやる事ではなく、長く続ける事だ。本業に関係ない不動産投資は、目先の利益があるかも知れないが、わが社の価値観ではない」と結論づけました。銀行からはその後も相当な売り込みがありましたが、この件は断り続けました。
その後、その土地はある事業者が購入したそうです。ただ当初思ったように、現在まで街は再開発されてないようです。現時点ではそれが吉と出るか凶と出るかは分かりませんが。
この案件が示すように、経営理念・行動規範は経営者の大きな判断基準になりうるのです。それをもっと詳細な「経営場面別の判断基準」を作るのが「経営判断基準づくり」です。
③ 後継者の暴走防止、立ち止まって考える機会の提供
過去の経営の経緯、「登り坂」「下り坂」「まさか」を知らず、判断基準を持たない後継者は、時に暴走してしまう事があります。経営者になった後、周囲の諫言を聴かず「思い込み」「唯我独尊」で突っ走る後継者は誠に恐ろしいものです。また「成り行きと行き当たりばったり」で経営判断する後継者も危なっかしい限りです。
そこで、現経営者の「実践経験に裏打ちされた判断基準」を、後継者の価値観を考慮して、共同作業で作成する事をお勧めします。後継者も現経営者の判断基準を知り、その理由を理解する事で、「疑似的な経営の学習」ができます。この経験は、後継者が経営者になって、様々な経営判断の場面で、
- 「さて、この件はこの行動規範・経営判断基準にそっているのか?」
- 「この経営判断基準の沿うと、役員はどんな意見をいうだろうか?」
- 「会長(前社長)だったら、この判断基準から、今回の件はどう思うだろうか?」
と、一旦立ち止まって考える機会を与えます。
実は、後継者教育で一番大事なことは、この「経営判断基準づくりを一緒に行うこと」ではないかと、常々思っています。経営理念、行動規範は精神論であり、概念論です。それだけの言葉で全ての判断ができる訳ではありません。それを補足するのは実践的な「経営判断基準づくり」だという事です。
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これを「創業者の137の遺言」という名称で、後継者と現経営者、そして私たちコンサルタントは協議しながら、整理しました。創業からの出来事を一つ一つ拾い、その時々の経営判断(成功した理由、失敗した理由)をケース別に文書化。
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