生成AIの進化により、SWOT分析や事業戦略の策定は驚くほど手軽になりました。
「業界動向と企業の概要」を入力すれば、一瞬で整った強み・機会が整理され、それらしい積極戦略がリストアップされます。
コンサルタントや会計事務所の現場でも、「AIを使えばSWOT分析の支援業務は格段に楽になる」と歓迎する声は少なくありません。
しかし、現場で実際に起きているのは、どれほど綺麗なクロスSWOT分析のシートを提示しても、経営者が「ふーん、まあそうだね」と冷ややかに受け流し、1ミリも動かないという「納得感ゼロ」の事態です。
戦略シートを作る作業は効率化できても、実行へ突き動かす熱量は生まれていません。
なぜAI任せのSWOT分析は現場を動かせないのか。
現場の行動変容を生み出す「深掘り質問」の本質を紐解きます。
1:チェックリストとAIが招く悲劇――経営者の心が離れる瞬間
「社長、当社の強みと市場の機会を整理しましょう」。
顧問先の会議室で、会計事務所の職員が用意したチェックリストを広げる。
「技術力は他社より高いですか?」「はい」
「新規の引き合いは増えていますか?」「まあ、最近少しね」
職員は手元の項目に機械的にチェックを入れ、社長の口から出た表面的な単語をそのままメモしていく。
なぜその強みが生まれたのか、過去にどんな修羅場をくぐり抜けたファクトがあるのか、その背景を連続的に問い詰めることはしない。
翌月、職員は意気揚々とPCを開いた。
表面的な「強み」と「機会」を生成AIに流し込み、出力された美麗なクロスSWOTシートを提示する。
「AIで当社の技術力と新市場を掛け合わせた積極戦略を3パターン作成しました。どれならやれそうでしょうか?」。
職員は熱心に提案し、社長の顔色を窺いながら「実行可能な選択肢」を探そうと必死に言葉を重ねる。
しかし、説明を聞く社長の心は急速に冷え切っている(確かに理屈は合っているし、教科書通りの立派なアイデアだ。だが、うちがあの顧客を掴むためにした事実、現場がどんな思いでその技術を守ってきたのか、こいつは何も聞いていないじゃないか――)。
AIが弾き出した「正論」に、自社の血と汗のリアリティは1ミリも宿っていない。
納得しない社長を見て、職員は「意欲が足りないのだろうか」と困惑する。
だが原因は明確だ。
「強み」や「機会」を洗い出す入口の段階で、コーチング深掘り質問による「生々しいファクトの積み上げ」を怠ったからに他ならない。
社長自身が「俺たちの強みはこれだったんだ」と再発見するプロセスを端折った戦略など、経営者にとっては所詮、他人事に過ぎないのだ。
2:京大経営管理大学院EMBAでの反省――AIチェーンプロンプトの罠
この「AIによる効率化の落とし穴」を痛感した経験があります。
私は京都大学経営管理大学院のEMBA(上級経営会計専門家コース)にて、「戦略と会計」カテゴリーの中の「SWOT分析」および「KPI監査」の講義を5年間にわたり担当しています。
受講生は主に多忙な税理士、公認会計士、弁護士、そして実務の第一線で戦う企業経営者です。
急速に生成AIが普及した2025年の講義後のロープレセッションでのことです。
実務を効率化してもらおうと、事前に精緻に設計した「SWOT分析専用チェーンプロンプト」を用意し、受講生にAIを活用したヒアリングと分析のロープレを実施してもらいました。
ところが、そこで思わぬ事態が起こりました。
受講生の意識が「AIから指示された質問を画面越しに読み上げ、経営者役の回答をそのままPCに入力すること」に終始してしまったのです。
目の前にいる経営者役の表情の翳りや、言葉の端々に表れる迷い、違和感を見逃し、AIのプロンプトを消化する作業に追われてしまいました。
結果として、相手の本音や潜在的な強みを掘り下げる対話が完全にストップしてしまったのです。
理論やシート作成の効率化に意識が偏り、本来磨くべき「相手の懐に飛び込んで事実を引き出す泥臭いヒアリングスキル」が置き去りになる――。これはまさに、現在のコンサルティング現場や会計事務所の支援で起きている縮図そのものでした。
3:2026年の原点回帰――「記憶の冷蔵庫」を開けるコーチング深掘り質問
この反省を踏まえ、今年2026年の京都大学大学院EMBAプログラムでは、担当教授や事務局の意向を踏まえて「先祖返り(原点回帰)」することになりました。
AIの操作画面を一旦閉じ、ひたすら受講生同士で「コーチング深掘り質問」を繰り返す泥臭いロープレ中心のカリキュラムへと完全に舵を切ったのです。
なぜ、大学院のEMBAで、あえてこのような対話訓練を徹底するのか。
それは、中小企業支援におけるSWOT分析の目的が「きれいなシートをまとめること」ではなく、「経営者や幹部の頭の奥――いわば『記憶や経験の冷蔵庫』の奥底に眠っている事実を引き出すこと」だからです。
中小企業の真の強みや機会は、決算書やWebサイト、社長の表面的な自慢話には載っていません。
「なぜ、あの顧客だけは10年間一度も値引き要求をしてこないのか?」
「過去最大のピンチを救った、現場のあの行動は何だったのか?」。
こうした超具体的な事実を、逃げずに泥臭く問い続けることで初めて、「他社が真似できない現場の固有事実」が言語化されます。
経営者自身も忘れていた成功体験の真因や現場の執念が言葉になったとき、社長の目が変わり、「これこそが自社の強みだ」という強い納得感が生まれます。
この生々しい感情の揺らぎと当事者意識こそが、積極戦略を行動へと突き動かす唯一の原動力なのです。
生成AIは、情報の整理やドラフト作成において極めて有用なツールです。
しかし、経営者の心に火をつけ、組織を本気で動かすのは、AIのアルゴリズムではなく支援者の「人間的な深掘り力」に他なりません。
AIのプロンプトを操る前に、まずは目の前の経営者と泥臭く対峙し、事実の奥底を聞き出すヒアリングスキルを磨くこと。
きれいな戦略シートの納品で終わらせず、現場が動き出す支援へとシフトすることこそが、今、コンサルタントや会計専門家に強く求められています。

