「月次試算表の分析をAIに任せれば、若手職員でも顧問先と高度な経営面談ができるようになるのではないか」
そんな期待を込めて、過去数ヶ月分の試算表データを読み込ませ、経営課題や変動の着眼点を瞬時に抽出する「試算表分析AI」を構築しました。
出力される分析レポートの精度は極めて高く、ベテランコンサルタントの視点すら的確に網羅した素晴らしい仕上がりです。
しかし、そのAIレポートを携えて実施した会計事務所の若手職員向け「監査後面談ロールプレイ研修」で、冷徹な現実を突きつけられることになりました。
ツールがどれほど進化しても、面談の結果は「導入前と全く同じ」だったのです。
浮き彫りになったのは、AIの性能問題ではなく、使う側の「質問力・コーチング力」という致命的な欠落でした。
1. AIレポートを「読み上げるだけ」の面談が、社長の心を閉ざす
ロールプレイングの現場で真っ先に起きたのは、AIが出力したレポートの「棒読み」でした。
若手職員は画面や印刷されたシートに目を落とし、
「前月比で外注費が18%増加しています」
「売上総利益率が2ポイント低下していますね」
と、AIが弾き出した分析結果を一生懸命に説明します。
一通り説明し終えると、「このあたり、どうでしょうか?」と通り一遍の薄い質問を投げかけるだけで終わってしまうのです。
これでは、AIを導入する前に試算表の数字を指さしながら「売上が落ちましたね」「経費が増えましたね」と言っていた時代と何も変わりません。
対峙する顧問先の社長からすれば、「数字の説明なら資料を見ればわかる。そんな表面的な報告を聞くために時間を割いているのではない」と、内心ため息をつくばかりです。
AIという最新兵器を持たせても、本人が「数字の読み上げ係」に留まっている限り、社長の心を開くことはできません。
2. なぜ若手は「深掘り質問」ができず、すぐに「アドバイス」に逃げてしまうのか
さらに根深い課題は、職員が「深掘り質問」から逃げ、拙速なアドバイスに走ってしまう点にあります。
例えば、前述の外注費増加について、本来であれば
「どの現場・案件で発生したのか」
「工程の遅延があったのか、それとも職人の手配ミスか」
といった背景事情を質問で丁寧に掘り下げる必要があります。
ところが、質問を重ねて本質に迫る訓練を受けていない若手職員は、社長から「いやあ、最近忙しくてね」と濁されると、それ以上突っ込めなくなります。
そして沈黙に耐えかねたように、「外注費が膨らむと利益を圧迫しますから、相見積もりを取って見直しましょう」などと、教科書通りのアドバイスを口にしてしまうのです。
現場の実情や痛みを深く理解しないまま繰り出されるアドバイスほど、経営者を白けさせるものはありません。
数字という「事実の確認」から、なぜそうなったかという「原因の究明」、そして「真の課題の特定」へと順を追って社長自身の口から語ってもらう――このコーチングのステップを踏めないことが、対話が空回りする最大の要因です。
3. ツール導入の前に必須なのは「コーチング型質問力」の反復訓練
AIの真の役割は、顧問先へ押し付ける「正解」を出すことではありません。
現場の対話を深めるための「良質な問いの切り口」を提供することにあります。
AIが「外注費の急増」を指摘したなら、それは職員に対して「社長、外注費が急増していますが、特定の大型案件で外注先への丸投げが発生したのでしょうか? それとも社内のリソース不足ですか?」と切り込むための武器を手渡してくれたということです。
したがって、AIツールを現場に配備する前に絶対に欠かせないのが、「質問型面談」の反復訓練です。
「事実をどう確認するか」
「背景にある感情や現場の混乱をどう引き出すか」
「社長自らが解決策に気づくためにどんな問いを投げるか」。
これらは座学の知識ではなく、徹底したロールプレイングを通じて体得させるしかありません。
質問力を鍛えずにAIツールだけを与えても、豚に真珠、猫に小判で終わってしまうのです。
4. 経営者が求めるのはアドバイスではなく、自らの思考を整理する「気づき」
そもそも、多くの経営者が監査担当者との対話で求めているものは何でしょうか。
言うまでもなく、見れば分かる試算表の数字解説ではありません。
また、自社の事業実態や業界の商習慣も深く知らない担当者からの、薄っぺらな一般論のアドバイスでもありません。
社長が真に欲しているのは、担当者からの鋭い質問に答えるプロセスを通じて、自分自身が頭を整理し、経営の「気づき」を得る時間です。
例えば、ある製造業の社長に対して、担当者が「社長、外注費が膨らんだ要因として、特定の工程でボトルネックが起きていませんか? 自社で内製化できる余地はどこにあるとお考えですか?」と深掘りして問いかけたとします。
すると社長は、
「そう言われてみれば、Aラインの段取り替えが遅れて後工程を外注に丸投げしていたな……根本原因は職人のスキル不足ではなく、前工程のスケジュール管理だったのか」
と、自らの言葉で真因に辿り着くのです。
これこそが「監査後面談=社長自身の気づきの場」となる瞬間です。
このように思考を深めてくれるコーチング型の監査担当者を、経営者が手放すはずがありません。
「あの人との毎月の面談があるから、経営の軌道修正ができる」と、顧問契約の枠を超えて生涯のパートナーとして重宝されます。
しかし現実には、社長に気づきを与えるどころか、ピント外れな講釈を垂れて社長を苛立たせる職員があまりにも多いのです。
AIがどんなに優れた経営分析を瞬時に弾き出す時代になっても、社長の本音や現場の生々しい課題を引き出すのは、生身の人間にしかできない「傾聴と深掘りの質問」です。
事務所の職員を「数字の読み上げ係」から真の経営パートナーへと脱皮させたいのであれば、まず着手すべきはAIの選定ではなく、職員の「コーチング力・質問力」を底上げする泥臭い面談訓練にほかなりません。

