製造業が「お願い型交渉」から「提案型交渉」へ変わる方法
原材料費、人件費、電気料金、外注費、物流費などが上昇しても、元請けや主要顧客に値上げ交渉ができない中小製造業は少なくありません。
「値上げを言えば仕事を失うのではないか」
「競合他社に切り替えられるのではないか」
「長年の取引先なので強く言えない」
こうした不安から、利益を削りながら従来価格を維持している企業もあります。
しかし、本当に値上げできない理由は、取引先との力関係だけではありません。
自社が顧客に提供している価値を整理できず、価格改定の根拠を論理的に説明できていないことも大きな原因です。
そこで有効なのが我々が長年取り組んでいるSWOT分析です。
SWOT分析によって自社の強みを明確にし、それを市場の機会や顧客の課題と結びつけることで、値上げ交渉を単なる「お願い」から「取引条件の改善提案」に変えることができます。
1.なぜ中小製造業は値上げ交渉で弱くなるのか
値上げ交渉がうまくいかない企業には、共通する特徴があります。
代表的なのは、値上げ理由が「材料費が上がった」「人件費が増えた」「電気代が上がった」という自社都合だけになっていることです。
もちろん、原価上昇は重要な値上げ理由です。
しかし、顧客から見れば、それは仕入先側の事情でもあります。
そのため、顧客から次のように反論されます。
「企業努力で吸収してほしい」
「他社は値上げを言っていない」
「値上げするなら相見積もりを取る」
「今期は予算が決まっている」
このような交渉では、受注を失いたくない仕入先側が不利になります。
問題は、値上げを依頼すること自体ではありません。
自社が顧客にどれだけ貢献しているか、他社との違いは何か、なぜ今後も自社との取引が必要なのかを説明できていないことです。
たとえば、自社に短納期対応力があっても、「急ぎにも対応しています」としか説明できなければ、大きな価値には見えません。
しかし、
「昨年度は緊急発注に20件対応し、顧客の生産停止や納期遅延を防いだ」
と説明すれば、短納期対応が顧客の損失回避に貢献していることが伝わります。
値上げ交渉に必要なのは、自社の苦しさを訴えることではなく、自社の価値を証明することです。
2.SWOT分析が値上げ交渉を優位にする理由
SWOT分析とは、自社の内部環境である「強み・弱み」と、外部環境である「機会・脅威」を整理する手法です。
値上げ交渉で特に重要なのが、「強み」と「機会」を掛け合わせた積極戦略です。
たとえば、製造業の「強み」には次のようなものがあります。
小ロット対応、短納期対応、難加工技術、高い品質、低い不良率、設計変更への柔軟な対応、試作から量産までの一貫対応、安定した納期、熟練技能者、検査体制、トレーサビリティ、緊急時対応などです。
一方、市場の「機会」には、国内調達への回帰、海外調達リスクの増大、外注先の廃業、人手不足、多品種少量化、品質要求の高度化、技術者不足、サプライチェーンの再構築などがあります。
この2つを掛け合わせると、顧客にとっての自社の必要性が見えてきます。
たとえば、
「短納期対応力」という強みと、
「顧客の生産管理人材不足」という機会を掛け合わせれば、
「顧客の急な生産変動を支える短納期対応サービス」
という積極戦略になります。
また、
「高品質・低不良率」という強みと、
「品質保証要求の高度化」という機会を掛け合わせれば、
「加工品ではなく、品質保証機能まで提供する」
という戦略になります。
SWOT分析を使うと、自社の強みを単なる自慢ではなく、顧客価値に変換できます。
値上げ交渉で重要なのは、
自社の強み
↓
顧客への貢献
↓
市場環境の変化
↓
今後も取引を続ける必要性
↓
適正価格への見直し
という論理の流れを作ることです。
3.「強み×機会=積極戦略」の具体例
製造業で使いやすい積極戦略を、いくつか紹介します。
一つ目は、「小ロット・短納期対応力×顧客の在庫削減」です。
顧客が在庫を減らし、必要なときに必要な数量だけ調達したいと考えている場合、小ロット対応は大きな価値になります。
この場合、通常の加工単価だけでなく、少量対応費、段取り費、短納期対応費を設定することができます。
二つ目は、「難加工技術×対応可能な外注先の減少」です。
特殊材料、薄板、高精度、複雑形状などに対応できる企業は、他社への切り替えが容易ではありません。
一般品と難加工品を同じ価格体系にせず、技術難易度、工具消耗、試作回数、失敗リスクを価格に反映する必要があります。
三つ目は、「設計提案力×顧客の技術者不足」です。
顧客の図面どおりに加工するだけでなく、材質変更、形状変更、工程改善、治具改善まで提案できる企業は、単なる外注先ではなく技術パートナーです。
設計支援やVE提案によって、顧客の材料費や加工時間を削減できるのであれば、その付加価値を価格に反映できます。
四つ目は、「安定供給力×サプライチェーンの見直し」です。
海外調達や遠距離調達のリスクが高まるなか、国内で安定供給できる企業の価値は上がっています。
設備保全、人材確保、材料在庫、協力会社ネットワークなど、安定供給を支える体制は無料ではありません。継続供給のための適正価格として説明することが重要です。
4.値上げ交渉に使える武器の作り方
SWOT分析で強みを整理した後は、それを交渉資料に変えなければなりません。
第一の武器は、顧客別・品番別採算表です。
売上高だけでなく、材料費、外注費、加工時間、段取り時間、検査時間、配送費、梱包費、緊急対応工数などを把握します。
売上が大きい顧客でも、細かい変更、短納期、少量発注、過剰な検査要求が多ければ、実際には低採算である可能性があります。
第二の武器は、原価上昇資料です。
材料費、電気代、人件費、物流費などについて、前回価格改定時からどれだけ上昇したかを数値で示します。
その際、
「上昇分のうち、工程改善で3%は吸収したが、残り7%は自社努力では吸収できない」
という説明にすると、企業努力を行ったうえでの改定であることが伝わります。
第三の武器は、顧客貢献実績です。
緊急対応件数、納期短縮件数、不良防止件数、設計変更対応件数、コスト削減提案件数などを整理します。
第四の武器は、複数案の見積書です。
たとえば、
●現行条件のまま単価を10%改定する案、
●発注ロットを増やして単価改定を5%に抑える案、
●検査や梱包条件を見直して価格を維持する案、
というように選択肢を提示します。
交渉を「値上げするか、しないか」ではなく、「どの条件を選ぶか」に変えることが重要です。
5.お願い型から提案型へ変える交渉の進め方
値上げ交渉では、いきなり改定価格を伝えるのではなく、順序が重要です。
まず、これまでの取引への感謝を伝えます。
次に、自社が提供してきた品質、納期、緊急対応、技術提案などの実績を説明します。
そのうえで、自社が実施した改善努力と、吸収できない原価上昇分を示します。
最後に、今後も品質と安定供給を維持するための条件として、価格改定を提案します。
たとえば、次のような説明です。
「当社ではこれまで、段取り時間の短縮や材料歩留まりの改善によって、コスト上昇分の一部を吸収してきました。しかし、前回改定時と比較して製造原価が12%上昇しています。
一方で、御社向けには昨年度、18件の緊急対応と9件の設計変更に対応し、納期遅延を発生させず供給してきました。
今後も現在の品質と短納期対応を維持するため、対象品番について8%の価格改定をお願いしたいと考えています。なお、発注ロットや納期条件を見直していただける場合は、改定幅を抑える案もご用意しています」
この説明であれば、単なる値上げ依頼ではありません。
顧客の生産や調達を守るために、取引条件を再設計する提案になります。
値上げ交渉で大切なのは、強く言うことではありません。
自社の強みが顧客にどのような利益を与えているかを整理し、それを数値と事実で説明することです。
SWOT分析をすれば、自社の強みと市場の機会が明確になります。
そして、「強み×機会=積極戦略」を顧客価値、貢献実績、価格条件まで落とし込むことで、値上げ交渉を優位に進められるようになります。
SWOT分析は、経営戦略を考えるだけの道具ではありません。
中小製造業が自社の価値を正しく伝え、適正な利益を確保するための交渉戦略なのです。
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