都合の悪い説明から逃げる社長

人間誰しも、言いにくい事があります。 できれば、話したくはないが、話さないと先へ進まない事が、私たち個人の生活でも大なり小なりあります。これが、組織の長である『社長』になると、社員や取引先に対して本当に言いにくい事も、勇気を持って言わなくてはならない事があります。このテーマを述べる時、必ずといって良いほど、私の脳裏をよぎるある出来事があります。それは今から、6年前位の事です。

 その時、コンサルティングをしていたある企業での出来事です。景気の冷え込みに合わせるように、業績のダウン傾向が続き、元々決して多くない賞与を、ゼロ賞与にせざる得ない状況になりました。その決定は、経営会議で決定したのですが、当然社員からは不安と不満が出るのは予想されました。少ないとは言え、賞与が一部でもある事とゼロでは雲泥の差があるのですから。

 当然、これは経営者自ら、業績の事や、払えず申し訳ないと言う気持ちを直接伝えねばなりません。私は、経営会議で、『社員への説明はどうしますか?』と投げかけました。

 すると、その社長は予想外の返答をしました。『総務部長が、業績説明と合わせて、全体朝礼で説明してくれ』と言ったのです。その部長は、一瞬『えっ』と、わが耳を疑うような表情をしました。「まさか、そんな大事な事を、経営者が自ら行わず、ましてや取締役でもない自分が行うのか」「大企業でもないのに、事務説明で社員が納得すべくもない」と感じたようでした。

 当然です。私は、『それは社長が直接伝えないと、社員は納得しないと思います』と言いました。すると社長は、『私が説明したって、納得はしませんよ。ゼロ賞与なんだから。むしろ、私が出張って説明して、そこで質問を受けても答えられないし、社長はいざと言う時にだけ、出るべきでしょう』と。

 社長がそう言い終ると、専務で工場長のA氏が、『社長、今がいざと言う時でしょう。そんな厳しい事を社員に伝えるのは、社長以外いません』。今度は、営業部長のB氏が『ゼロ賞与なら、役員・幹部は報酬カットなどのケジメを先に行なわないと、社員は納得できないと思います』と、意を決して意見したのです。すると、社長は『報酬カットしても月間50万円もないし、赤字の補填にもならない。確かにそれもせざる得ないが、だからと言って社員が納得するものでもない』と言うのです。

 この議論を聞いていて、この社長という人は、理論的だが、人情面で他人がどう感じるかが、あまり見えてないようだと感じました。報酬カットの実額なんかはどうでも良いのです。社員以上に自分たちはケジメをつけていると言う事を見せる必要があるのです。また、最終責任者は、自分の言葉で、赤字の原因、経営の責任、社員に痛みを求めるお詫び等を言う義務があるのです。

 同じ言いにくい言葉で、こんな事もありました。

 製造業のA社では長年取引をしていた外注先C社に発注抑制をせざる得ない状況になりました。原因は、コスト削減の為に、2社購買・相見積が社の方針になり、新規の外注先からの営業攻勢もあり、C社1社だけに、随意契約する事を止めようとなったのです。C社の窓口は、工場の購買部長です。しかしC社とは、単なる下請・元請の関係だけでなく、A社の社長がC社の後継者の仲人をしたり、A社の取引先を集めた業者会の会長を長年お願いしたりと、かなり濃い関係だったのです。社長からは言いにくい事この上ないのです。社長は、購買部長に、C社へ取引額の減額を伝えるように指示しました。購買部長は就任してまだ日が浅く、C社の社長とはそう面識もないので、会社の方針を伝える事は、まったく問題ないと思っていました。

 しかし、工場長から『待った』が掛かりました。工場長は社長に言いました。『C社と当社は、単なる外注と元請と言う間以上に、お互い協力してきました。C社は当社の売上が50%以上あります。当社の都合だけで一方的に発注額を減らす事はあまりに可愛そうです。去年、C社の社長は、うちの仕事量を増やす為に設備を入れました。その事は、事前に社長にも報告にきましたよね。状況が状況なだけに、社長が直接説明して、我々も一緒にC社の為に今後の対策を考えないと・・・』社長は、それでも言いたくないようで、『購買部長から伝えてくれ。それで何か問題があったら、報告してくれ。但し、私と直接話したいと言ってきたら何とか上手く処理してくれ』と言って、自ら出ようとしません。

 正直、これでは誠意がないと思われます。経営者と言うのは、社員が言いにくい事を自ら説明する事が必要です。それを、他人にさせていると、信頼感が揺らぎます。

 先ほども述べましたが、日本では良く『大将は最後まで守り、最終的に出て行くべきものだ』と言って、現場管理者に嫌な事の処理をさせようとする経営者がいるようですが、これ自体時代錯誤でしょう。大企業でも、「私は知らない」と社長が言って、後々になって、みっともない対応を迫られるケースがあります。

 経営者がもし、嫌なことの説明から逃げるような事があれば、それは、勇気を持って諫言する事も必要です。特に、取締役には、善管注意義務と言う物があるわけですから、正しい事をしっかり言う姿勢が求められます。

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