コンサルタントが書いた短編小説「誤認転職」最終話「所詮コンサルはコンサル?」

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これまでのあらすじ

コンサルファームを退職した松田はスカウトしてきたクライアントの田所印刷に転職した。しかしそこに待っていたのは誰も協力してくれない状況と、ついに松田の動きに業を煮やした田所も豹変したのである。

 最終話「所詮コンサルはコンサル?」

 

 松田には、新日本経営開発時代に同期で入社し、自分よりも3年前に退職した杉本繁という仲間いた。

同期入社ということもあり、何かと松田は杉本をそりが合った。

そこで何か無性に杉本に自分の境遇を相談してみたくなった。

杉本ならいいアドバイスがもらえるかも知れない。

そう思いつつアドレス帳から杉本の電話番号を見つけ、携帯電話からコールしてみた。

 久しぶりだけど、会ってくれるかなと思いつつ、電話を待った。

「ハイ、杉本ですが」紛れもなく、杉本自身の声だった。

「もしもし、松田です。御無沙汰しています」

 久しぶりに少し声がうわづりながら松田が返事した。

「いやー元気ですか、新日本経営開発を辞めたんですってね。今何をしてるんです。」

 杉本は松田の退職を知っていた。

「いやね、その事でいいアドバイスが貰えないかと思って電話したんですよ。時間取れますか?」

「今からなら構いませんよ。どうせ暇ですし。しかし、松田さんにアドバイスできるような事が私にありますかねえ。」

 

 杉本は、新日本経営開発に入社する前、アパレル企業の営業課長を勤め、幾つかのブランドの立ち上げに参画していた。

そして小売業の経営者のレベルを上げねばと言う使命感に燃えて、新日本経営開発に入社した。

専門店中心の経営コンサルタントを6年やって、どうしても自分で経営したくなり、ブティックを開業の為退職したのだった。もうそれから3年になる。

「やあー久しぶりですね。相変わらず小綺麗な店じゃないですか。」

 松田は社交辞令を話した。

「よしてよ。閑古鳥が鳴いて、いつ夜逃げしようかと考えているんだから」

と杉本は笑いながら応えた。確かに、売れている雰囲気ではないと、専門ではない松田にも分かった。

「オープンして最初の2年はマアマアだったんですが、昨年位から雲行きが怪しくなって、おまけにこの消費不況でしょう。正直借入れの返済も滞りがちなんですよ。」

 杉本の話に、そこまで厳しかったという事実を始めて松田は理解した。そう言えば、前は従業員もいたようだが今は独りでやっているという事だった。

「ところで、話ってなんですか。私の所にわざわざ来るんだから何かあったんでしょう。」

「さすがヨミの杉さん」

と松田は茶化した。

杉本は在職中に勘が良く働く所から、よく皆からこう呼ばれていた。

 松田は新日本経営開発を辞めた理由、田所印刷に入社してからこれまでの経緯を率直に杉本に説明した。杉本は人の話を聞く時は一切口を挟まず、とにかく聞き込んだ。

「松田さん、せっかく来てもらって辛口の意見を言ってもいいかなあ」

 杉本は表情を改めた。

「僕も高宮部長の考えに賛成だな。コンサルタントはコンサルタントなんだ。決して実務者じゃないようですよ。僕もこの店を3年やって、最近反省してるんだけど、あのまま新日本経営開発に残っていればなあと後悔してるんですよ。松田さんは元々教育コンサルタントからスタートして、本質的な経営コンサルタントはこの3、4年でしょう。こう言ってはきついかも知れませんが、松田さんは先生向きですよ。実務者タイプと言う感じじゃないですよね。性格も厳しいようで優しいんだから実務者は無理ですよ。」

 杉本は歯に衣を着せぬ言い回しで遠慮なく話した。

 松田は杉本の話を聞きながら、「自分の矛盾を良く理解している。さすがヨミの杉さん」だと感心した。

「じゃあ、やっぱり田所を辞めた方がいいかなあ」松田は杉本の話を聞く内に、そんな気持ちになり、問い尋ねた。

「辞める必要はないですよ。チャンスと思ってこの際印刷業を徹底的に研究したらどうですか。」

 杉本の応えは明確だった。一旦降格を願い出て、一から印刷営業を体で体得し、田所に業績面で貢献し、印刷業の専門コンサルタントで出直したらどうか、と言う事だった。

「しかし、杉さん、俺は営業に自信がないんだ。そんな俺ができるかねえ。」

「営業でなければ総務経理か工場と言う事になりますが、その方がもっと門外漢ではないですか。スカウトされた人間がそんな弱気でどうするんですか」

 弱気な松田の言葉に杉本は釘を刺した。

 杉本と話す内になんだか、心の中の霞みがとれるような気がした。田所製本のレポートと専務に対する当たり障りのない問題提起をしたら、その旨を田所社長に相談してみようと思った。

 杉本は別れ際に、松田に話しかけた。

「松田さん、やはり現実って甘くないですよ。コンサルタントが自分の力を誤解して、実務の世界に入っていきますが、コンサルタントの使命は、自分で経営したり、実務をする事じゃないんだとつくづく痛感してます。コンサルタントは、広い知識と多くのクライアントを通じての経験から、経営者が間違いのないように、方向性を指し示す事なんですよね。私も、新日本経営開発を辞めて、3年して分かった気がします。人間って、過ぎてみなければ分からない動物なんでしょうね。」

 杉本の言葉はそのまま、今の松田に当てはまる事だった。

「確かにそうだね。僕らは何回間違えば、気が済むのかね。まあとにかく頑張ってよ。近くに来たらまた立ち寄るから。元気でね」

 そういって、松田は、杉本のブティックを後にした。

 

やっぱりあんたには無理か

「田所社長、田所製本の今後の戦略についてまとめましたので、御覧下さい。」社長室入るなり、田所へレポートを提出した。

「やっとできましたか。」

 と言いつつ、田所は松田を立たせたまま、レポートを読み出した。途中4ページまで読んで、目を止めて、松田を見た。そして静かに話し出した。

「やはりこの程度しか書けませんか。副社長をわが社へ呼んだのは私の見当違いだったのですかね。これは前にも言った通りコンサルタントのレポートなんです。実務ではないんですよ。私は、井上さんが明確に戦略をどう考えているかを聞きたかったんだが、こんな上っ面な聞き方では、本音は聞けてないんでしょう。」

「井上さんはもう少し価格競走がなくなれば、勝負できると言っていました。私もその通りだと思いますが」

 松田はおそるおそる答えた。

 田所は暫く、下を向き机の上をぼんやり見ながら考えていた。そして、おもむろに、

「副社長、もう下がって結構です。」

 田所は冷たく言った。

 この人には何を言っても理解しないのだろう、と言う諦めにも似た表情だった。

この言葉の意味するところが松田には瞬時に分かった。このままでは、見捨てられると松田の防衛本能が働いた。

 そこで、松田はすかさず田所へ言った。

「社長、私を一介の印刷営業から仕立てていただけませんか。そうすれば業界事情も分かり、もっとましな提案ができるかも知れません。いろいろ考えたのですが、社長からも指摘の通りもっと現場からじっくりと入るべきだと痛感しています。専務にしても私が中途半端な上司より明確な部下の方が使いやすいと思います、」

 松田はやや焦りながら田所に訴えた。

「あんたは大きな考え違いをしているようだ。私が何故あんたを副社長で採用したと思っているんだ。そんな現場から鍛え上げるならあんた見たいな高齢者より若手で間に合わせるさ。そうじゃない。経営の大所高所から判断してもらい、専務への後見人になって欲しかったんだ。その事は入社する前にも話していたし、10年もコンサルタントをしておれば、経営者の本音のそれ位は察しがつくだろうに。

自分の仕事の方針と言うものがあんたにはないようだ。専務や営業や工場の幹部があんたを否定していたのはこの微妙な現状認識のズレなんだろうね。

あんたへの現状認識出来なかったのはむしろ私の方だった。私が期待し過ぎだった。

私さえ正確な現状認識が出来ていたら、こんな採用の失敗はなかった。どこかに専務の後見人に相応しい人がいないかといつも考えていたから、恐らくその焦りが自分の目を曇らせたんだろうなあ。むしろ謝るのはこっちの方かもしれないな。」

 日頃なら激高するはずの田所の言葉は今日に限って冷静だった。そして、自戒ともとれる話だった。

 田所の言葉は冷静であるが故に痛烈だった。

ある意味では、松田のコンサルタントとしての器、人生観、仕事観を全て否定するに近いものがあった。たった1ヶ月間一緒に仕事をしただけで、何故ここまで言われねばならないのか。

自分へアドバイスしてくれた前職の社長である佐藤や事業部長の高宮、そして久し振りにあった杉本の言葉が再び脳裏をよぎった。自分の転職は何だったのか。自分は何が間違っていたのか。

 今まで置き去りにしてきた本当の自己反省が求められていたような気がした。

 松田は、田所印刷では自分は必要のない人間だと改めて感じ取った。もうこれ以上醜い姿をさらけだす事はできない。松田はそう感じ始めた。

「分かりました。田所社長、御期待に添えず申し訳ありませんでした。失礼いたします。」

と言って、静かにドアを閉め、社長室を退出した。田所は何も言わず、目で挨拶しただけだった。

 翌日、松田は入社して1ヶ月目で辞表を出し、田所印刷を去っていった。 

 

   

                    終

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