コンサルタントが書いた短編小説「誤認転職」5「経営者豹変」

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これまでのあらすじ

ベテランコンサルタント松田はコンサルファームを退職して、ヘッドハンティングをしてくれた田所印刷に入社する。しかし、そこには甘くない現実があり、四面楚歌の状態からスタートだった。

 第5話 経営者豹変

 

「副社長、田所製本の件はどうなりました。」

 松田が社長室に入るなり、田所は即座に尋ねた。

「まだ整理できていません。一応情報収集は済んだのですが」松田は自信なさそうに応えた。

すると突然、田所の大声が部屋中だけでなく、扉の向こうの事務所にまで響いた。

「一体。いつまで掛かっているんだ。毎日何の仕事をしてるんだ。そんな事だから他の役員や幹部からバカにされるんだ。あんたを採用した俺までバカにされるんだぞ。あんたはやる気がないのか。もう入社して2ヶ月が立つんだ。あんたはそれまでコンサルタントとして1年間ウチヘ来てたんだ。普通の転職とは訳が違う。それもナンバー2の役職だ。一体何を考えているんだ」

 もうすでに田所の口調は、副社長でも、松田君でもなかった。(あんた)である。

松田は直立不動のまま、応えた。

「申し訳ありません。即まとめます。やる気がないなど全くありません、一寸私のペース配分が間違っていたようです。」

 松田は顔から火が出る思いにかられ、とっさに返事をした。今度は田所が少し落ち着いた様子で言った。

「副社長、中小企業はきれいごとではできない。あるべき論も大事だが、毎日動いているんだ。私も幹部も。

指示したこと以上の仕事をもっとスピーディーに対処しなければ、市場で負けてしまうからね。その所は肝に命じておいてくれたまえ。私は、あんたの組織運用の力を買ったのだから私の期待を裏切らんでくれ。専務にしても上手に育成してくれ。まあ、あんたの腕の見せ所だ。今まであんたが言っていた講釈が本物か偽物かが分かると言うもんだよ。」

 このとき、松田は別の次元で反省していた。(結局俺は実業では使い物にならないと言う事か)たった一瞬の間に佐藤や高宮の言葉が脳裏をよぎった。

 

 もうひとつ大きな問題に気付きつつあった。

 コンサルティングをしていた時より、社内の問題点と改善策が見えなくなってしまっている事だった。

幹部や社員とふれ合う内に、改善ができない理由があちらこちらから聞こえてくるのだ。

簡単な問題点が簡単ではない組織上の悪弊が蔦のように絡まっているのだ。

その本質が見えない、否その本質を辿れば、それは経営者批判に繋がる事が松田には恐かった。自分を拾ってくれた田所を批判の矢面にたてる事はできない。自分がこの会社に入った意味がないような感覚に襲われ始めていた。

 

 とにかく田所製本の件を片付けねばならない。

田所製本は基本的には田所印刷の別会社だが、受注先は田所印刷だけではない。只製本と言うものは人海戦術で、完全機械化するにはまとまったページものと言う雑誌や冊子が大量にしかも定期的に受注せねばならない。

しかし、そんな美味しい物件は他社も欲しい訳で、田所製本は端物のスポット物件が中心だったから当然利益がでそうになかった。

松田は田所から言われた事を思い直し、田所製本の責任者である井上工場長を訪ねた。

工場長とは今まで会議で何度か会っていたので初対面ではなかった。

 

「おひさしぶりですね、井上工場長。」

 松田は気軽に挨拶した。しかし、井上工場長の雰囲気は重かった。

「松田さん、訪問の目的は分かっていますよ。この会社を潰す気でしょう。」

 会っていきなり井上の言葉に衝撃を覚えた。

「何を突然言われるんですか。入社間もない私がそんな事を言うために来るはずないじゃないですか。」

「じゃあ、何しに来たんですか。」

「いや、現在の田所製本の実情を理解しようと思って工場長にヒアリングに来たんです。」

「あんたは、私がこの会社の前の社長である事は知っているでしょう。業績が悪くて、田所さんに支援をお願いしたら、そのまま吸収されて、挙げ句の果てに従業員もほとんどクビにして、今じゃ私含めて7人の所帯です。この上まだ業績不振だから人を減らせと言われれば、私はもう諦めるしかない」

「人減らしの指示があったんですか。」松田は全く知らない事だった。

「あんた、とぼけるのはよせよ。この会社の建て直しに人員削減を提案したのは新日本経営開発時代のあんただろうが。自分が提案した事も忘れるたあ、どういう魂胆だ。」

 井上にそう言われて、松田はふと考えた。そういえばそんな話題はあったが、自分からは決して言ってないし、経営会議でも議題に上がらなかった。

「井上工場長、私は言っていません。何かの間違いです。もしそうならもっとましなアプローチをします。」

と言いながら、ある事を考えた。

 それは、(もしや、田所が私の名を借りて田所製本の合理化を迫ったのではないか。そうだとしたら、私はいいように利用されている事になる)と言う事だった。

本当は経営者の意見なのだが、直接言えば角が立つ。そこでコンサルタントの提案と言う事にしておいて、鉾先を交わす時によく使う手である。

 井上は少し平静さを取り戻し、松田に向って静かに話始めた。

「松田さん、田所さんと一緒になって仕事をするようだが、気をつけた方がいいよ。あの人はひどく冷酷な人だ。使えなくなったらポイだからね。そして、あの息子の専務の事だが、社長も表面では厳しく振る舞っているが、本当は溺愛しているんだ。息子の言う事なら何でもほいほい聞くからね。社長の前で専務批判は禁物だよ。」

「どうしてですか。詳しく知りませんが」松田は詳細な状況を知らなかったので率直に尋ねた。

「あの専務は社長の前妻の子なんだ。今の夫人は後妻で、その子は大学に行っている。社長が前妻と別れる切れると騒いだ時に一番犠牲になったのは専務なんだ。丁度小学校の低学年だったと思うけど、それで自閉症に近い形になって、しばらく子供ながら精神病院に通った事があるんだ。それ以来社長は専務への罪滅ぼしと言うか、せめてもの慰めに専務の言う事は大抵は聞くんだ。それが専務の野郎、図に乗っていやがるから始末に悪い。」

 松田は井上の話しを聞きながら、そんな事があったのかと、感じ入ってしまった

「それはそれとして、製本部門の損益ですど・・・・」と言うか言わぬかする途端に井上が話し始めた。

「その話は今はできない。この単価競走が終わらない限り、損益は改善しないよ。人減らしも無理、他社への売却もおそらく無理、誰も買わんだろう。しばらく打つ手なしだよ。でもそれじゃあんたの仕事はできないよな」 

松田の考えが見えるかのように井上は先手を打ってきた。さすが元社長である。

「そうですよ。何も手が打てない経営はないですよ。人当たり生産性を考えれば・・・」

 松田が喋っていると叉井上が割って入ってきた。

「コンサルタントはこれだからバカにされるんだよな。計数だけで判断したら大変な事になるよ、この会社を潰して他の外注先をさがせば、それだけでコストアップ間違いなしだ。物事は一方的な見方だけでは失敗すると言う事位子供でも分かる理屈だ。」

 井上のバカにしたような言い方にムッとしたが、その通りだった。

 井上との話しも中途半端に終ってしまった。

田所製本を離れ、田所印刷本社に向かう車中で松田はいろいろと考えた。(田所社長の期待に応える事は大事だが、このままでは何も進まない。さて、どうしたものか?)と思いを巡らす内に、ある男のことを思い出した。

 

次回最終話 所詮コンサルはコンサル?

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