嶋田利広ブログ

「中小企業のSWOT分析指導の第一人者」が現場からお届け

コンサルタントが書いた短編小説「誤認転職」④「新天地へ入社、いきなり四面楚歌」

短編小説誤認転職④ 新天地へ入社いきなり四面楚歌.jpg

前回までのあらすじ

ベテランコンサルタント松田は、今のコンサルタント会社で潮時を感じていた時、クライアントの田所印刷の社長からヘッドハンティングを受ける。

社内での引継ぎの不完全なまま、いざ転職。しかしそこに待っていたのは・・・

 

 第4話「新天地へ入社、いきなり四面楚歌」

 

 松田が佐藤と話した日から1週間後に、田所印刷への入社1日目を迎えた。

「皆さん、お早うございます。今日からわが社へ取締役副社長として入社して頂きます松田隆さんです。見覚えある方も多いでしょうが、以前はわが社のコンサルタントをしていた方です。縁あってこの度わが社へ入社して頂きました。これからもビシビシわが社の幹部、社員を鍛えて頂こうと思っております。」

 全体朝礼で松田の入社が田所から紹介された。ざわざわと話声が聞こえた。

今日は松田にとっては正式入社初日であった。田所に指示され壇上に上がって自己紹介をした。

「お早うございます。ただいま田所社長から御紹介頂いた松田です。少しでも早く皆さんの御期待に応えるように頑張ります。とにかく今は話し合いで互いの信頼関係の上に仕事は進みますので、それらの仕組みが円滑にできるようにしたいと考えてます。」

 多少緊張した面もちで松田は簡単な挨拶をした。

(おいおい、あのコンサルタント、ウチの会社へ入社したのか。冗談じゃないよ。只、上の方でワアワア言うだけなら耐えられるけど、社内でうろつかれたら邪魔だよな)

(噂じゃバカ息子の専務はあの男を毛嫌いしてるらしいぞ。)

(本当か。そら上層部ではひと波瀾ありそうだな)

 松田が挨拶をしている最中に工場の若手2、3人が囁きあった。

 朝礼が終り、各部署毎に戻っていった。

  営業の部署に戻る途中に、

「本部長、松田副社長はどんな仕事をするんですか。営業部は何か変化がありますかねえ。だって、あの専務はあの人をいつも非難していましたからね。」

 田所印刷営業部の社員のひとりが営業部長の本多に尋ねてきた。

「知らんよ。まあお手並み拝見といこうかね。あの社長の事だ、その内にあれやれ、これやれと言って、求めるものが多くなってくるからな。じきに耐えられなくなるよ」

 本多は老獪な一面を覗かせながら応えた。

 営業部も工場も松田の入社を喜ぶ人はいなかった。

 まあ転職と言うものはそんなものだが、松田の場合は前職が担当のコンサルタントと言う普通の立場と違っていた。

 その事が一般社員からの厳しい眼差しを受ける事に繋がっていった。

 

「松田さん焦る事はないから、じっくり現場の雰囲気やわが社の問題点を分析してきて下さい。できればレポートを2週間以内に欲しいですね。」

 田所は松田に指示した。

 松田は、現場での定点観測、営業同行、各種会議に参加し、改めて問題点と原因の分析を行った。

その2週間後、30ページに渡るレポートを田所に提出した。

そのレポートを読み終えて、松田を社長室に呼んだ。

「副社長、これはコンサルタントが書くレポートだ。自社の役員が書くレポートではない。ウチみたいな中小企業はそんな問題は分かっている。松田副社長自身がどう自己の行動として改善するかを提案して下さい。自分で改革してこそ役員でしょう。そうじゃないですか?」

 レポートを見た後、田所は自分の考えを示した。

『分かりました。でも社長、各員の意見は尊重せねばなりません。特定の誰かが動くのではなく、チームやプロジェクトとして参加型で運営せねば簡単には解決されないと考えます。』

 松田は自己の見解を述べた。田所は少し困ったような顔をした。しかし、続けて質問した。

「専務の問題はどうですか。副社長はどう感じました。」

「ハイ、営業力や責任者としての意識には問題があります。これをどう解決するかは時間がかかるでしょうね。」

 松田にしてみれば、専務の康一から本音を聞き出せない現状ではこれが精一杯の回答だった。

専務の康一はわざと松田のヒアリングには逃げるようにして、時間を合わせない。

それを田所に素直に告げようと思ったが、思い直し一呼吸置いた。

「副社長、それを改善してもらうために入社したんだからね。いつまでもコンサルタントのような立場や話し方では困るね。もっと現場に入って問題の本質を直接体験する位の意識がないとだめだ。副社長だからね。」

 念を押すように、一寸強い口調で田所は言った。

 松田は別にコンサルタントの立場とは思っていなかったが、教育コンサルタントが中心だった為、突っ込んだ問題分析が下手だったのも事実だった。
 それに松田のコンサルティングは論理的に良い点、悪い点を指摘し、一般的な改善策を提案するパターンが中心だった。

だからどうしても評論家のような言い回しになるのである。
これは前々から前職時代の佐藤や高宮から指摘されていた事でもあった。

「分かりました。もっと深く診てきます。」

 松田は応えた。

「副社長、それと田所印刷のグループ会社に田所製本と言う別会社があるのは知っているでしょう。万年赤字で困っているんだ。ここも分析して今後の方向性を提案してくれないか。」

 矢継ぎ早に田所は松田に指示を出してきた。

田所の指示は、経営企画に関わることがほとんどで、管理職の誰も対応できないテーマでもあった。だから松田にしてみれば、自分のフィールドと言うことになり、難しさの反面楽しさもあった。

 

甘くない転職と分かった瞬間

 年末も押し迫った25日に経営会議が開かれた。通常の報告がなされ、1月2月対策が営業より上がった。

「・・・・という事で営業部から報告を終わります。社長一寸聞いていいですか。」

専務の康一が言った。

「何かね。構わんよ」

「営業、生産、経理総務とそれぞれ担当役員が先行管理や実績を報告しますが、副社長からも経営企画の進ちょく状況や分析結果も聞きたいですね。」

 松田を見て、少し嫌らしそうに言った。

「それもそうだな。副社長この前の分析結果を報告してくれないか」

 田所はいとも簡単に康一の申し出を受けた。

松田にしてみれば、あくまでも田所の経営判断の為の資料であり、皆の前で発表するような中身ではないと思っていたが。

「この場で発表するのは如何なものでしょうか。田所社長と調整した上で発表するのが宜しいかと思いますが。」

 松田はやんわりと応えた。そこをすかさず、康一が田所へ問い質した。

「社長、我々役員は各役員が何をしているのか知るべきだと思います。そうしないと役員間協力がしにくいじゃないですか。」

 康一の言葉には筋は通っていたが、こんなに力強く発言する康一は珍しかった。

 松田は、康一の発言が自分への面当てだと分かっていた。

 そして田所が言った。

「専務の言うことも一理ある。副社長応えてくれ。」

 田所は再度、松田に振った。

「それでは、社長から指示があった、各部別の問題点と役員への要望等について報告します。」

と言ってレポートの概要を説明し始めた。

 話している内に専務の康一はイライラを募らせた態度になっていた。 

そしてもうひとり滅多に感情を表に出さない工場長の右田が顔を赤らめているのが誰の目にも分かった。松田の説明が終わるや否や右田が口火を切った。

「先生、否副社長。そんな講釈を垂れるためにわが社へ入ったんですか。そんな企業診断みたいなことをしなくたって問題は分かっていますよ。今言われた改善策はすでにプロジェクトが動いています。副社長が分析するのはそんな箇所ではないはずですが。

さっきも専務が言ったようにこのクラスの話し合いや連絡システムがうまく言ってないから、枝葉末節な問題がでるんですよ。その当たりを抉ってみてくれませんか。もうコンサルタントではないんでしょう。」

 鋭い指摘だった。田所が言ったことも、右田が言ったことも同じである。

松田は心臓の鼓動が脈打つのが分かった。

「副社長、工場長の言うとおりです。その分野を本音で言ってくれませんか。」

 田所が言った。

 しかし、本当に自分の感想を率直に言って言いものなのか、松田は迷った。それは結局役員個人の名を上げ、糾弾する事になりかねない。またこれからこの人たちと長く一緒にやっていくとなると、荒波をたてるのは得策ではないと瞬時に判断した。

「この場では完全に整理できてないので次回、報告します。」

 松田はたった1ヶ月間で保守的なサラリーマン意識が芽生えていることに気付いた。そして、他の役員や幹部の自分への厳しい目を理解した。

これは甘い転職にはならないぞ。

 経営会議が終わって、各自が別れる時、営業本部長の本多がぼそぼそと松田の耳際で囁いた。

「副社長、ウチの会社は甘くないですよ。外から言うだけの立場の方が良かったのに。」

と言って立ち去った。

松田は言い知れぬ不安感を感じた。

そして席に着くや否や直ぐ田所から呼び出しがかかった。

 

次回第5話「経営者の態度が豹変」

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