嶋田利広ブログ

会計事務所の職員教育

2026.7.4 【会計事務所の盲点】生成AIを「隠れて使う」若手職員〜なぜ彼らはノウハウを組織に共有しないのか?〜

生成AI時代に浮き彫りとなる「新たな組織課題」

今、ビジネスの世界を席巻している生成AI。日々のニュースやビジネス誌では、「いかにAIを活用して業務を効率化するか」という手法ばかりが注目されています。

特に、デジタルネイティブである若手や中堅の職員は、私たちが想像する以上のスピードでAIを使いこなし、自らの業務を驚くほどの速さで処理し始めています。

しかし、長年、多くの会計事務所の現場を指導してきた経営コンサルタントとしての私の目には、この「劇的な進化」の裏に潜む、極めて根深く、かつ深刻な組織課題が映し出されています。

それは、「せっかく個人のレベルで生み出された素晴らしい生成AIの効率化ノウハウが、組織全体や仲間にまったく共有されていない」という現実です。

なぜ、有能な職員たちは、事務所の生産性を一気に引き上げる可能性を秘めた技術を「自分だけの秘密」にしてしまうのでしょうか。

今回は、私が先日ある会計事務所の研修現場で目撃したリアルな一コマをご紹介しながら、その背景にある「評価制度の壁」と、今すぐ所長先生や幹部職員が着手すべき具体的な解決策について深く掘り下げていきます。

1,現場の実態:驚異の「転記時間70%削減」アプリを隠し持つ職員

先日、私が長年指導を続けているある会計事務所で、まさにこの課題を象徴する出来事がありました。

その日は、私が講師となり、生成AIを活用した経営支援の研修を実施していました。

研修のテーマは、参加者が自ら「カスタムAI」を設計し、実際の現場業務でどう活用するかを実践する、非常に実践的な内容でした。

ワークショップの最中、ある中堅職員が少し得意げに、しかし周囲に聞こえないような低い声で私に話しかけてきました。

「先生、実は私、すでに自分で『バイブコーディング(AIへの指示だけでアプリを開発する手法)』を使って、こんなアプリを作って実務で使っているんです。ちょっと見ていただけませんか?」

彼が画面で見せてくれたのは、これまで手作業で行っていたExcelのデータ入力や、バラバラの形式で届く仕訳データを、一切転記することなく一気に一覧化・自動集計できる自作のアプリケーションでした。

その完成度の高さに、私は思わず目を見張りました。

「これは素晴らしい!信じられないクオリティだ。これを使えば、今までかかっていた転記時間を少なくとも70%は削減できるね」と、

私は心からの賛辞を贈りました。

そして、当然の疑問として、こう尋ねたのです。

「これほどのものなら、事務所全体の劇的な効率化になる。もう他の職員や仲間にも教えてあげたのかい?」

 

2,職員の本音:「頑張って工夫しても、報われないなら隠しておく」

私の問いかけに対し、彼の口から返ってきたのは、あまりにも生々しく、そして合理的な「本音」でした。

「いいえ、誰にも言っていませんし、教えるつもりもありません。だって、生成AIを必死に工夫してこんな仕組みを作っても、他の職員に言ったところで『これと言って評価』してくれるわけではありませんから。これを共有したからといって、私の賞与や手当が具体的に上がるわけでもないですし」

彼の表情は冷ややかでした。

生成AIの活用やアプリの開発は、あくまでも「自分自身の仕事を楽にするため」であり、「事務所のため」ではないという意識が明確に表れていました。彼はさらに続けます。

「うちの所長は、良くも悪くも『全体の底上げ』を重視するタイプなんです。だから、どれだけ個人の努力で圧倒的な成果を出しても、賞与などの評価はみんな一律になる傾向があります。生成AIを独学で勉強して、寝る間を惜しんで業務効率化の工夫を重ねても、具体的に報われない。だったら、このノウハウは自分だけに留めておいて、空いた時間で自分の仕事を早く終わらせて定時で帰るか、自分のペースで仕事を進めるために使った方が、私個人にとっては圧倒的に合理的ですから」

この言葉を聞いた時、私は強い危機感を覚えるとともに、「なんと勿体ないことをしているのだろう」と、組織としての大きな機会損失を痛感せざるを得ませんでした。

 

3,構造的リスク:生成AIの努力を無視する事務所が被る「二大損失」

昨今は、生成AIの活用技術の差が、そのまま個人の生産性や、顧問先への提案の質、ひいては顧客評価を大きく左右する時代です。AIを使いこなせる職員と、そうでない職員との間には、目に見えないところで数倍、数十倍の生産性格差が生まれています。

それにもかかわらず、「一律評価」や「従来の評価基準」にしがみつき、生成AIを活用した業務効率化への努力や成果を人事評価、賃金、賞与に適切に反映しない会計事務所は、非常に危険なリスクを背負うことになります。

最大のリスクは、有能な生成AI活用職員のモチベーション低下、そして「離職」です。

彼らは「この事務所にいても自分のスキルは正当に評価されない」と見限れば、より先進的で、能力を評価してくれる別の事務所やIT企業へとあっさりと転職してしまいます。

後に残されるのは、AIを使いこなせず、属人化したブラックボックスのノウハウすら引き継げない、生産性の低い組織だけです。

これこそが、現代の会計事務所経営における最大の盲点なのです。

 

4,具体策①:【人事評価制度の見直し】

従来の「処理件数」や「労働時間」ベースの評価を改め、生成AI等のITツールを活用した「業務プロセスの改善度」や「削減時間」「ノウハウ開発数」「ノウハウ公開数」を直接評価する項目を新設します。

具体的には、年間で削減できた時間を算出させ、その成果の一定割合を「生産性向上手当」や「特別賞与」として毎期直接支給する仕組みを導入します。

これにより、職員はAIを用いた効率化が自身の給与に直結することを実感し、隠れて使う動機をなくします。

 

5,具体策②:【AI活用をオープンにする仕組み】

ノウハウを共有した人が最も得をする仕組みとして、所内で「プロンプト・AIアプリ共有コンテスト研修」を2か月に1回開催します。

提出されたアイデアはデータベース化し、他者が活用して効果が出た場合、開発者に「社内印税(ピアボーナスやインセンティブ)」が毎月入る仕組みを構築します。

オープンに共有した職員が組織内で称賛され、かつ経済的にも報われる環境を作ることで、属人化を防ぎ、事務所全体の底上げを自然に促します。

 

今すぐ「生成AIの成果をすくい上げる仕組みづくり」へ着手を

職員が生成AIを「隠れて使う」のは、彼らの性格の問題ではなく、そうせざるを得ない「組織の評価制度」に原因があります。

個人の努力が生み出した圧倒的な果実を、ただ「全体の底上げ」という美名のもとに一律に処理してしまう時代は終わりました。

所長、そして幹部職員の皆様。今すぐ、若手や中堅職員の「隠れた努力」を認め、それをオープンにすることで組織全体が豊かになり、本人にもしっかりと還元される仕組みづくりに着手してください。

それこそが、これからの生成AI時代を生き残り、勝ち残る会計事務所への唯一の道なのです。

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