ChatGPTをはじめとする生成AIが一気に普及して数年。
「生成AIを使えば仕事が10倍速くなる」
「管理部門の仕事の多くがAIに置き換わる」
「ホワイトカラーの大量失業が起こる」
といった言葉を何度も聞いてきた。
確かに、文章作成、議事録、企画書、画像、Web制作、調査、プログラミングなど、一人ひとりの作業は速くなった。
私自身も生成AIの大きな可能性を感じている。
しかし経営者の立場から、ここで一度冷静に考える必要がある。
「AIを使うようになった」ことと、「会社の生産性が上がった」ことは、本当に同じなのだろうか。
私の周りのクライアントやコンサル仲間、会計事務所でも、そこまで生産性は上がっていないようだ。
コンサルなら私と同じで「生成AI関連コンサル」や「生成AI研修」で新たな生産性の上がった人も一部にはいるようだが。
1.「2時間の仕事が30分」は、生産性向上とは限らない
生成AIの効果として最も分かりやすいのが「時間短縮」である。
これまで2時間かけていた報告書が30分になった。
販促チラシを外注せず社内で作れるようになった。
Web記事、写真加工、動画、プレゼン資料などの外注費も減った。
これは間違いなくAIの成果である。
しかし問題は、その先だ。
2時間の仕事が30分になって1時間30分浮いたとして、その時間で売上を増やしたのか。
顧客訪問が増えたのか。改善活動が増えたのか。あるいは単に仕事に余裕ができただけなのか。
ここを測らないまま、「AIで生産性が上がった」と評価している企業は少なくない。
2025年に公表された、66社・7,137人の知識労働者を対象とした実証研究では、生成AIを利用した社員はメール作業を週約2時間削減した一方、仕事全体の量や構成には明確な変化が確認されなかった。
つまり、個人には時間短縮効果があっても、それがそのまま会社全体のアウトプット増加につながるとは限らないのである。
日本でも2026年2月時点で、生成AIを定期利用している人の74%が「仕事の効率が向上した」と回答している。
ところが利用目的の中心は検索、文章生成、要約、校正であり、営業、人的管理、プロジェクト管理などへの利用はまだ少ない。
つまり現在は、「作業AI」の効果は出ていても、「経営AI」の効果までは十分出ていない企業が多いのではないか。
2.「AIが事務職を奪う」と言われたが、大量リストラにはまだなっていない
数年前から、「経理、人事、総務、事務、コールセンターなどのホワイトカラー業務はAIに置き換わる」と言われてきた。
しかし少なくとも日本企業を見る限り、生成AI導入だけを理由に管理部門を半減させるような大規模リストラが一般化したとは言いにくい。
もちろん変化は始まっている。
新卒採用数を抑えたり、中高年社員の早期退職を進めたり、退職者を補充せずAIやDXで吸収する企業は今後増えるだろう。
しかし、AIによって30%仕事が減ったから社員を30%減らせるほど、会社の仕事は単純ではない。
空いた時間に新しい仕事が入り、AIの回答を確認する作業が増え、プロンプトを考え、生成された資料を修正し、AI導入会議や研修まで増える。
「仕事を減らすためのAI」が、逆に新しい仕事を生み出すケースもある。
2025年のMETRの研究では、熟練したオープンソース開発者がAIを使ったところ、対象となった条件では作業時間が19%増加した。
それにもかかわらず本人たちは「20%程度速くなった」と感じていた。
なお2026年の追試ではAIによる高速化が進んでいる可能性も示されており、AIの性能向上は非常に速い。
重要なのは数字そのものより、「本人が速くなったと感じること」と「実測された生産性」は違う場合があるという点である。
3.実は一番先にAIの影響を受けているのは「社員」ではなく「外注・フリーランス」ではないか
一方で、AIの影響がはっきり表れている分野がある。
ライター、翻訳、デザイン、簡単なWeb制作、資料制作など、企業が外部に発注してきた業務である。
2025年に学術誌へ掲載されたフリーランス市場の研究では、生成AIで代替しやすい文章作成・翻訳などの仕事では、需要が反実仮想トレンドに比べ20~50%減少した。
一方、機械学習やAIチャットボット開発などAIを補完する仕事は増えている。
これは非常に重要な現象である。
企業は社員を解雇する前に、
「今まで10万円払っていた外注をAIで内製化しよう」
と考える。
したがって生成AIによる最初のコスト削減は、人件費削減ではなく、広告制作費、ライティング費、デザイン費、翻訳費、調査費、システム開発費などの外注費削減として現れやすい。
逆に言えば、「AIで仕事が奪われる」という現象は、正社員の人数にはまだ大きく表れなくても、企業と企業の境界線にいるフリーランスや小規模事業者から先に進んでいる可能性がある。
4.これからは「AIを使った人数」ではなく「AI投資利益率」を測るべきだ
さらに新しい問題も出てきた。
AIそのものの利用コストである。
高性能モデルやAIエージェントを社員全員が大量に使えば、当然トークン消費量やシステム利用料は増える。
2026年にはMcKinseyでもAI利用コストの管理を強化し、利用量の多い社員に通知する仕組みなどを導入していると報じられた。
利用者の約10%がAIトークンの約65%を消費していたという。
またEYなどでもAI利用量を管理・最適化する動きが進んでいる。
これは「AIを使うな」という話ではない。
むしろ、AIも電気代や人件費と同じように、投入コストに対して何を生んだかを管理する段階に入ったということである。
今後企業が見るべきKPIは「ChatGPTを何人が使っているか」「何回プロンプトを入力したか」ではない。
見るべきなのは、
削減できた人時、削減できた外注費、増えた売上・粗利益、減ったミスや手戻り、AI利用コスト、そして削減した時間を何の付加価値業務へ振り替えたかである。
生成AIを入れただけでは、生産性は上がらない。
「AIで30分短縮できました」で終われば単なる便利ツールである。
その30分を使って顧客対応を増やし、営業件数を増やし、改善活動を行い、最終的に一人当たり粗利益まで上げて、初めて「企業の生産性が上がった」と言える。
これからのAI導入競争は、「誰が一番AIを使っているか」の競争から、「誰が一番AIを利益に変えているか」の競争へ変わっていく。
コンサルの在り方も、「AI活用の仕方レベル」から、「AIで具体的なコスト削減、新企画の業績貢献」に軸足が移っていくだろう。

