嶋田利広ブログ

「中小企業のSWOT分析指導の第一人者」が現場からお届け

コンサルタントが書いた短編小説 「誤認転職」①

SWOT分析、KPI監査、事業承継「見える化」コンサルタントの嶋田です。

小説誤認転職1疲れた時に忍び寄る悪魔の誘い.jpg

今回は、これまでと全く違ったテイストでブログを書きます。

これからちょいちょい、私が書いた「ビジネス小説」を公開していきます。

この短編小説はもう15年前位に書いたもので、一部の人にしか見せていません。

久しぶりに読んでみて、我ながら面白かったので、日ごろのブログの箸休めで掲載しました。

感想でももらえたら嬉しいです。

今回は、ある経営コンサルタントが企業にスカウトされたものの、結局失敗したというドキュメントを小説にしました。

登場人物は名前こそ違いますが、実際の内容に沿っています。(当然、一部は小説っぽく創っていますが)

今回は軽い気持ちで読んでもらえればと思います。

このタイトルの短編小説「誤認転職」は全部で11回予定しています。

1,タイトル「誤認転職」の概要

経営コンサルタント松田隆は、田所印刷にスカウトされる。

前職のコンサルティングファームの経営者や上司の戒めを押し切って。

タイミングや当初の条件では、転職は成功したかに見えたが、現実のいろいろな壁にぶち当たる。
転職先での幹部の批判、中小企業の経営者の本質的な価値観の見誤り、実際の実務を知らない壁、中小企業の中での人間関係の難しさ、等。

そして、コンサルタントと言うプライドを捨てて、現場にのめり込もうとした時、中小企業経営者の本音の価値観を知る。
しかし時既に遅く、自らリタイアせざる得なくなった。

 

2,第1話「疲れた時に忍び寄る悪魔の誘い」

 今日の講演会の調子は今一つだった。最近、熱意を込めた講演ができないようになった事を松田隆は、かなり前から自覚していた。

 経営コンサルタントにとって講演は、自分の能力と実績をアピールする絶好の機会である。その大事な講演で、今日も不完全燃焼をしたのだった。

 講演が終了した後、主催者に見送られながら、駅までのタクシーに乗り込んだ。

 駅まで15分少々、一瞬だが自分だけの時間である。あまり話をしない運転手のタクシーであって欲しいと思いつつ後部座席で落ち着いた。

 そんな松田の心情を知ってか知らずか、運転手は少し無愛想な感じの応対で、終始黙って運転していた。

 

 松田隆は今から10年前、後発ながら急成長した経営コンサルタント会社である新日本経営開発に入社した。

 教育インストラクターからスタートし、6年後に経営コンサルタント部門の仕事をするようになった。

 この業界に入る前は、コピー機械の販売会社に10年程在籍し、サービスマンを経て、営業も3年程経験したが思うような実績は上がらず、満たされぬ思いで悶々とした日々を送っていた。

 ある時、日経新聞の求人欄でふと目に留まったのが、新日本経営開発の求人募集だった。

 何気ない気持ちで説明会に参加して、そこで、佐藤正和の話しに聞きほれ、門を叩いたのだった。

 佐藤正和とは、新日本経営開発の創業社長である。そのカリスマ性と独特のマーケティング眼力で組織化が難しいと言われる経営コンサルタント会社をわずか15年で、全国3200社あると言われる中で、準大手までのしあげてきた腕利きの経営者である。

 松田は入社説明会で佐藤の話しを聞き、自分も経営コンサルタントとして、中小企業のお役に立てればと言うのが純粋な入社の理由だった。

 

【そうか、そろそろ10年になるな。もう潮時なのかも知れないなあ】

 タクシーの中で思わず独り言を言ってしまった時、運転手に聞かれたかと一瞬はっとした。

 そして、そっと運転席のドライバーを目で追って見た。運転手は全く意識した風でもなく、漫然と運転をしていた。

 それなりの経験を積んできた。年も42才。このまま、この会社で経営コンサルタントをしていて良いものだろうか。

 松田は一人になると時々考え込むのである。
 正直、不規則な生活の疲労感、糖尿病の危険性この業界ではもう通用しないと言う自分の能力への限界が複雑に脳裏をよぎるのである。

 経営コンサルタントといえども、会社組織でやっている以上、業績が重要である。松田は、依頼されたコンサルティングを実行するのは好むが、コンサルティング契約を取る、即ち受注する事が苦手であった。

それは、そのまま、クライアント先でも現れ、昔から松田の先輩は良く言っていた。

 『クライアントに迎合するコンサルタントは魅力がなくなるぞ』と。

 受注ができないのは、生来の性格の弱さから来ていることも松田自身が一番分かっていた。受注がなければ、腕の振るいようがなく、売上の確保もできない。だから、室長とは名ばかりの肩書きで、実際は年長の平コンサルタントに近かった。

 しかし、人間の本質でもあるが、自分の生産性は脇に置いて、給料も立場も自分の貢献に比べれば会社は報いていない、と言うのが松田が日頃から感じている事だった。

 会社から与えられる業務目標の中で、受注が一番嫌なのだ。

自分が受注できないのに、クライアント先では、営業マンの教育を行わねばならない。それが一番の矛盾であるが、それも長い事続ければ、感覚が麻痺してしまい、言っている事とやっている事に大きな開きがあっても、気にしなくなる。

松田はその一歩手前で苦悩していた。

 人は、心に矛盾がありながら仕事を続けると精神的な疲労は、かなりきついものである。

 それでも、こんな仕事を10年もしていれば、スカウトや紹介がないわけではない。ただ、経営コンサルタントとして能書きや講釈を言う事はできるが、実際その企業に入社して、言葉通りの成果をだす事ができるかと言われれば、どうしても自信がないのが、本音だった。

 だから、今まで数社のクライアントからスカウト話はあったが、色好い返事はせず終いでいた。

「松田室長、田所印刷の田所社長からお電話です。」

 ハッキリとした言葉使いで、明るく機転の効く、女子社員の瀬本が電話をつないだ。

「松田先生、この前の役員会の結果で、一寸ご相談したい事があるんですが、来週の営業会議の後に、久しぶりに飲みに行きませんか。」

 中小企業社長の典型のような田所の口調は、松田の予定も聞かず、一方的なアポイントであった。松田はスケジュール手帳を見たが、来週火曜日の田所印刷の営業会議の後には予定がなかった。

「構いませんよ。しかし、あまり酒を飲まれない、社長が急にどうしたんですか。」

「いやね、会社じゃ一寸相談し難い事なもんですから。それじゃ来週宜しくお願いします。」電話は一方的に切られた。

 田所印刷(株)は松田がコンサルティングをするようになって、ちょうど2年を迎える。毎月定例的に、役員会や営業会議に出席して、指導をしていた。

 田所印刷は地場でも中堅の印刷会社で業績も比較的安定していた。今の社長である田所啓一は65才、2代目だが、創業者である先代が経営していた町の印刷屋を、従業員100名の規模にまで成長させた、やり手の創業型2代目社長である。

松田は、田所に経営者として好感を持っていた。それは、オーナーだから当然と言えば当然だが前向きにドンドン経営改革を断行する積極的な性格や考え方がこ気味良かったからだ。

 そんな田所に後継者や役員、管理者は振り回されるが、業績は確実に上がっており、誰も田所に意見をする人材が社内にはいなかった。俗に言うワンマン社長である。しがらみの中で好きなような事ができない、サラリーマンコンサルタントの松田には、それが時として羨ましくあった。

「お待たせしました。専務の仕事が遅くて、イライラしますよ。契約書が未だ出来上がってないって、言うものですから、出来るの待ってたんですよ、だから会社でるのもえらく遅れまして。先生、何を飲みます?」

 30分遅れてきた田所に、「相変わらず一方的だなあ」と思いつつ松田は苦笑いをした。この人は30分位、人を待たせた内に入らないんだろうなあ、と半ば諦めてもいた。中ジョッキの生ビールと串焼きの盛り合わせが届いた。

「ここの焼き鳥は実に旨くてね、大将がたれにはこだわりがあるらしいんです。それで、先生、相談というのはね。専務の祐一の事なんです。先生も知っての通り、私も社長業をやるには後5年が限界なんです。前々から専務には言ってたんですがね。」

「専務はいくつになりますか。」

「35です。意識はあるだろうけど、私から見るとどうしても頼りがいがなくてね。あいつが統括している直需部門だけが成績がよくないもんだから、後継者としても他の幹部に示しがつかないんですよ。」

「まあ、専務は優しい性格ですから、本当は直需の営業には向いていないんですよね。」

「先生、それは分かっているんですよ。だから支援体制を陰になり日向になり、やっているつもりなんですが。でも、先々を考えますと、あいつが社長になっても、誰かがサポートしなければ、私も死んでも死に切れませんよ。」

 冗談とも本気ともつかない表情で、この初老の経営者は微笑んだ。

「ところで、先生、今給料は幾らもらってますか?」

 あまりに唐突だったので、松田は一呼吸置いて、飲みかけのビールジョッキをテーブルに置いた。

「急にどうしたんですか。」

 一瞬、正直に答えるべきか、どうか迷った。話しをはぐらかす事もできたが、松田には何となく、田所が聞きたい事が予測できた。

【まさか、俺をスカウトでもしようというのかな】

 これも、10年この仕事をしていれば、察しがつくと言うものだ。

「額面で45万円位でしょうか」

「へー、以外に少ないんですね。じゃあ、年収で700万円前後ですか」

 田所は無遠慮に聞き返した。

「そんな所です。それが何か?」

 少し、むっと来たが、即座に気を取り直した。

 経営コンサルタントは見た目は派手に見えるが、意外に労働集約産業であり生産性が低い。

 従って、給与も世間相場で言えば、大企業のサラリーマンに比べれば、遥かに見劣りするものだ。しかし、仕事がら人様は、高額の報酬があると勘違いしている。

 その給与も、松田の受注不振の責任と評価が低いこともあり、今では650万円もない状態だった、敢えて、それは言わなかった。

「先生、うちの会社に役付き役員で入ってくれませんか。年収は1000万円用意します。専務のフォローをお願いできませんか?」

 相変わらず、前置きない田所の言葉だった。

 先ほどの予測が的中した。

 悪い話しではない。松田の今の心境と状況から考えれば、願ってもない話しだ。

「田所社長、それは買いかぶりですよ。私はそんな玉じゃない。」

 一応、社交辞令で断りを入れたが、内心満更でもない表情を田所は感じとった。田所も海千山千の経営者である。人の微妙な心の変化には賢い。

「いや、先生に来てくれなければ、専務はいつまでも一人前になりません。たまに顔出すコンサルティングではなく、我が社の為にはまりこんでくれませんか。まあ今日直ぐ返事を下さいとは言いませんので、前向きに考えておいて下さい。」

 その後、小一時間ほど、会社の話し、ゴルフの話し等をして、居酒屋を出て、二人は別れた。

 

次回は「第2話 我慢の限界、退職願を出す」

 

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